浅き夢の世界へ

年: 2006年 (7ページ目 (27ページ中))

ゆとり教育は正しい?

 ゆとり教育を擁護していますが、決して正しいとは思ってません。ゆとり教育って、週休2日にして、難しいことを教えなくてもよくして、総合学習を取り入れたってくらいのイメージなんです。で総合学習のねらいなんですが

・自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。
・学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること。
・各教科、道徳及び特別活動で身に付けた知識や技能等を相互に関連付け、学習や生活において生かし、それらが総合的に働くようにすること。

らしいです。総合学習の無かった私たちにはこれらのことが欠けているのですね?ってかなりバカにされている気持ちです。こんなこと、学校の授業時間にすることやない。家庭や地域やいろんなとこから学べば良い。家庭や地域に力がなくなってきているのなら、そこを活性化する方策が必要では?土曜日の授業を休みにするなら、その分、地域の力で教育してもらうようなシステムが理想的ではないかと思います。他の省庁とも連携して法整備すれば不可能ではないと思います。
 詰め込み教育からの脱却を目指し進められたゆとり教育は、ゆとりを詰め込みすぎたためうまくいかなかったと思います。しかし、大人になっても追い詰められているような毎日、せめて子どもの教育にはゆとりが必要だと思います。(次回最終回?)

ベスト訂正

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12日 午前練習 60分LSD

2日間休養したのですが、まだ体おかしいです。今日、明日と練習上げようと思ってったのですが、無理そうですね。来週はかなり仕事がハードなので、明日の休みは20キロ以上走ろうと思ってたのですが・・・。体壊さんように考えます。
さて、フルマラソンのベスト記録、2時間56分57秒としてましたが、完走証確認したら57分08でした。11秒ごまかしてました。反省。30キロの47分切ったのと記憶がごっちゃになってたようです。与論マラソンでの記録ですが、かなり厳しいコースなのでまあまあだとは思います。総合6位まで表彰されるのですが7位、年齢別3位まで表彰ですが4位・・・。ダメダメです。

餃子を作る家庭

 小学校の頃、従兄弟の家に遊びに行ったとき、晩ご飯のおかずが餃子でした。餃子を包むのが従兄弟たちの仕事でした。それまで、男が料理を手伝うという意識が自分には無かったので結構ビックリしました。そのときは、私も兄とともに手伝って結構楽しかったのを覚えています。少し前友達と話していて、そこも家庭で餃子を作るが包むのは子どもの仕事だったと言っていました。一方、私の家では焼くだけのを買ってきてました。これは、うちの母がサボっていたわけではなく、農作業で忙しいのでなるべく簡単にできるものを作っていたわけです。そして、ぼくらは料理手伝う代わりに農作業を手伝ってた訳ですね。
 子どもに家の手伝いをしてもらうのは良い事だと思います。家で仕事しているところは、それを手伝ってもらえば良い。本来はこれがノーマルだったのでは、と思います。しかし、サラリーマン家庭なんかの場合はそんなことできないので、家事を積極的手伝ってもらうことになるのでしょうね。とすると、商店街が潰れ、おつかいが頼めない等の場合も、これと同じで別の方法を考えるしかないでしょう。
 学力の低下のこと考えていてなんかどんどん脱線しているような気がします。一応まとめると・・・

 ・何気ないことが子どもの社会性を高める効果があった。
 ・そのような学習の場が無くなってきた。
 ・社会性の無い子どもが増える。
 ・昔のように授業が成り立たない。
 ・学力が低下する。
 ・保護者や教育者に理由が思いつかない。

こんなとこでしょうか。これは私の単なる思いつきです。決して鵜呑みにしないでくださいね。しかし、理由が思いつかないからとりあえずゆとり教育の責任にしているような気がします。そんな、単純なものではないと言うのが私の考え方なんです。(続けます。多分・・・)

体調管理は常識!

 10日 休養

 昨日、早朝の練習終えてから、頭が痛いし、体はだるいしなんか調子がおかしい。仕事後も走らずに早く寝たのですが、今朝起きると鼻から喉にかけて、おかしいです。いわゆる風邪というやつですね。高熱が出たりするタイプではなさそうなので、少し安心なんですが、今日明日くらいは、練習休む方がよいですね。試合後や疲れているときは気をつけないといけません。

早ね早おき朝ごはん

 「早ね早おき朝ごはん運動」というのが展開されているようです。この標語を聞いたとき文部科学省もやるやんって思ったのですが、普通に考えれば当たり前のことですね。こんな簡単で大切なことをみんな知らないのでしょうか?勿論、知っているはず。私なんか子どもの頃から、早く寝なさい、早く起きなさい、ちゃんと朝ごはんたべなさいって怒られて育ったと思います。しかし、そうしない結果は、はあまり知られてなかったのかもしれません。子どもたちの集中力が無くなったり、暴力的になったり、勉強にも運動にも悪影響を与えていると・・・。
 では自発的に「早ね早おき朝ごはん」はできなかったのでしょうか。勿論、家庭によっては不可能なとこもあると思います。しかし大半は♪分かっちゃいるけど止められない♪状態になっているのではないでしょうか。世の中が便利になり簡単に欲求を満たすことができるようになると、大切だと分かっていることもできなくなるようです。では、前の記事のように大切だと意識してないけど実は大切だったことに関してはどうか?もう、絶望的だと思います。
 こうなれば、以前から大切だと思っていたが現在できていないこと、大切かどうかも分からないけど現在消えてしまったこと、どちらも重要性を再検討しないといけないと思います。そして、重要であれば実践するのみ!しかし現在消えてしまったものをどうやって実践・・・?(誰か続けてください)

運動会で転ぶのは・・・

 9日 早朝練習 60分ジョッグ

 眠い・・・。朝起きるのかなり無理やりです。走っていて後半、かなりドヨ〜ンとした疲れがあります。試合後、なんか遅くなった気がします。しかし、ペースを見るとむしろ速いくらい。運動会でお父さんが良く転びます。あれは、運動神経が良く、以前スポーツをしていた場合が多いと聞きました。筋力が落ちているのに感覚は昔のままなんですね。筋力が以前に追いついてきた場合は感覚が残っているのは強い味方です。しんどいのには変わりないけど・・・

朝の月

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8日 早朝練習 60分ジョッグ

5時40分練習開始。まだ暗い。家の正面にきれいに月が見えました。空気が澄んでいて雲ひとつない天気です。かなり寒い。ウインドブレーカー必要でした。疲れはまだ残ってますね。昔はこれくらいで復活したのですが、やはり年です。今日は残業なので、午後からの練習はできませんが、できれば明日は仕事後も走りたいですね。

初めてのおつかい

 昔、子どもがおつかいに行く様子をテレビで番組にしていた記憶がありますが、今もその類の番組やっているのでしょうか?テレビを見ないので分かりません。私の実家は田舎ですが、以前は近所に食料品を売っている雑貨屋、駄菓子屋、肉屋、鶏肉屋がありました。今は全部潰れています。
 小さい頃に親から頼まれておつかいに行きましたが、これって、社会性発達のトレーニングになっていたのではないかと思います。商売や社会の仕組み、店の人とのやり取り、無い時の対応などいろいろ学び実践することが出来る場だったのではないでしょうか?
 近くの駄菓子屋ではよくお菓子買いに行きました。おばちゃんとのやり取りがいろいろ面白かったと記憶してます。駄菓子屋には椅子など座って食べるスペースが用意されてました。友達とそこで話しをしたり、帰る途中の中学生のお兄さんと話したり、そんな記憶があります。コンビニなんかで地べたに座って食べたり話したりしている子どもを見た大人が行儀が悪いと思われるようですが、多分、私たちのような経験をしたことがないのだと思います。
 自然に生活する中で、社会性を育むためのトレーニングができたとすると、今の大人はそのことの大切さに気付けないような気がします。便利さや、経済性を追い求めたためにそのようなシステムをことごとく壊してしまい、同じように生活しているつもりでも結果が違ってしまうわけです。便利さの副作用とでも言えば良いのでしょうか?他にもいっぱいありそうですね。(続け!)

練習再開!

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 7日 早朝 40分ジョッグ

 今日は朝から雨が降っていたので、近所の大学の雨が防げる場所でジョッグしました。左ふくらはぎ痛はかなりマシになりました。実は右ひざも試合後痛んでたのですが、これも大丈夫です。左足かばったからでしょうね。全体的に疲れはありますが、少しずつ走ろうと思います。
 さて、10月後半から、結構アクセス増えていて、1週間連続でページビューが3桁越えました。今後、ないかもって思わず写真とってしまいました。で記事のほうも200近くになり、カテゴリも4つなんですが、少し見づらくなってるかも知れません。改善できるか検討しようと思います。
 3日の試合後、気持ちが抜けてアルコール漬け状態です。長期保存できそう。今日からノンアルコール生活に戻ります。戻せるでしょう・・・・、戻せるかも・・・、戻せるのでしょうか?

ルールが守れない?

 仕事で子どもの遊び教室のようなものを実施していて、思うのですが、今の子どもはルールのある遊びが苦手なんですね。例えばドッジボールやっても、当たっても外に出ない子どもがいます。他の子どもや学生スタッフに言われて外に出るわけですが、昔の子どもは自ら進んで外に出るくらいの勢いがあった気がします。鬼ごっこで凍りオニって言うのがあるのですが、それを見ていると顕著です。凍ってなければならない子どもがいつの間にか動いていたりします。ルールを守る意識が希薄っていうか、ばれなければいいって言うか、子どもの時に積極的に学ばなければならない社会性が、学べてない子どもが多くなっているような気がします。授業中にしゃべったり、歩いたり周りのことを考えない行為はまさに社会性の欠如だと思います。
 ルールを守れない。「大学生でもそうやで」って、大学の先生から言われました。保護者や周りの大人もそんなとこあるのではないでしょうか?最近では、高等教育をしなければならない先生たちが守らなければならないルールを簡単に破っていたわけです。子どもって自分たちの周りから敏感にいろんなことを感じ取って成長していくと思うのですが、そこが昔と比べるとガタガタなんじゃないかと思います。なぜ、そうなったかも考える必要があるかもしれません。(続くかな?)

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